佐藤さん、EdTechで社会や働き方は変わりますか?

ハタラキカタログ
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佐藤 昌宏

  • デジタルハリウッド大学大学院 教授
Education(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた造語「EdTech(エドテック)」。教育イノベーションを起こすEdTechは、今後の社会や働き方にも影響をもたらすのでしょうか。デジタルハリウッド大学大学院 教授の佐藤昌宏氏に聞きました。
  • 取材・文 安楽由紀子
  • 写真 高井正彦
  • ※掲載されている情報は取材当時のものです

今の教育ではイノベーションは起こらない

現在の活動について教えてください。

デジタルハリウッド大学大学院で「EdTech(デジタルテクノロジーを活用した教育のイノベーション)」をテーマに実践研究をしています。僕はeラーニングや教育改革に関する会社を立ち上げた経験があるので、研究者や教員というより、イノベーターとして実務を行っている「実務家教員」です。

EdTechは、3つの方法で推進しています。1つはトップダウンで、国に対して教育制度や仕組みを提言する。2つ目はボトムアップで、学生たちと一緒に実践を行う。3つ目はイノベーターやベンチャー企業の支援です。

佐藤さんが座長代理を務める「『未来の教室』とEdTech研究会」は経済産業省が管轄しています。なぜ教育なのに文部科学省ではないのでしょうか。

日本は少子高齢化という大きな課題を抱えています。労働者一人ひとりの生産性を高めないと、この国はどんどん縮小していきます。それを防ぐには効率化やイノベーションが必要です。テクノロジーによって効率化は進んでいますが、イノベーションはなかなか起こりません。

イノベーションとは、既存の常識やルールを壊して、新しいものを作り出すことです。それができないということは、教育に問題があるのではないか。すなわち1時間目からずっと席に座って先生の話を聞く人が優秀とされる注入型の教育、なおかつ偏差値というものさし1本で競争をする受験制度に問題があるのではないか、と考えました。

混沌として答えのないVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity=変動性、不確実性、複雑性、曖昧性のこと)の時代、日本は課題先進国に突入します。発生する課題は初めて挑戦するものばかり。自ら試行錯誤しながら、答えを導き出す人材を育てる必要があるのではないか、と考えられています。本来、教育の所管は文部科学省ですが、経済産業省が教育に目を向けたのはそのためです。

デジタルテクノロジーを導入するだけではEdTechではない

EdTechの目的は、イノベーション人材を育てることなのですね。

そうです。「『未来の教室』とEdTech研究会」には3つの柱があります。1つ目は「新しい学習基盤づくり」。学習者を中心にしたデジタル・ファーストの基盤を作ります。文部科学省の「GIGAスクール構想」では、小中学生には1人1台のデバイスと高速ネットワーク環境を整備するとしています。2つ目は「学びの自立化・個別最適化」。今は教室で一斉授業を行っていますが、本来、学びはそれぞれ認知特性や学習到達度が全然違います。教育ビッグデータをもとに、医療でいうカルテのように一人ひとりに合ったアセスメントを作ります。

3つ目はゴールでもありますが、「学びのSTEAM化(Science, Technology, Engineering, Arts, Mathematics=科学、技術、工学、芸術 、数学を統合する教育手法)」。各自の異なる好奇心を核に、自分の時間割を作り、主体的に学べるアクティブラーナー(能動的学習者)を育てることを目指しています。

EdTechによって学びは根本から変わりそうですね。

そもそも授業の形式が何十年も変わっていないのは不思議だと思いませんか?EdTechは教育イノベーションです。これによって、今までできなかったことができた、今までよりも学習効果が向上した、という変化を大切にしています。電子黒板を教室に入れても、モニターで映すことと同じ効果しか得られないのであれば、それはEdTechではありません。

具体的に、EdTechによって学びはどのように変わるのでしょうか。

過去の学びは、学校に行き、先生に教えを乞う

方法でしか手に入りませんでした。でも今では、インターネットにつながったパソコンが1台あれば、自分の知的欲求を満たすことができます。

MOOC(Massive Open Online Course=無料で学べるオンライン大学講座)では、経済的、あるいは環境的な理由で大学に進学できない人たちも、距離や時間に関係なく自分のペースで学べます。実際、MIT(マサチューセッツ工科大学)の公開講座を受けて優れた成績を取った子が、特待生として迎えられたという事例もあります。

評価においても、今は1人の先生が約40人の生徒を評価していますが、人間にはヒューマンエラーや思い込みもあります。しかし、テクノロジーがあれば、生徒それぞれの状態に合わせたカルテを作ることができます。

コロナ禍で大学のオンライン講義に不満が出る理由

他の国ではEdTechは実現できているのでしょうか。

中国では環境整備やベンチャー企業によるサービスの提供が進んでいます。アメリカも進んでいますが、日本はやっと環境が整いつつあるような段階です。ただ、人口1億人規模の国で小中学生に1人1台のデバイスを国策で配ろうとしている国は他にありませんから、今後は先進国になれるのかもしれません。

環境整備もまだまだ、のように感じます。新型コロナウイルスの影響で公立学校がしばらく休校になりましたが、オンライン授業が浸透したようには思えません。

「環境が整っていない家庭が1家庭でもあると不公平になる」という理由のようですが、それは間違っていると思います。

今の時代、インターネット環境が整っている家庭は多いので、まずはオンライン授業を実施してみて、それが難しい家庭には人力でサポートする、というのが本当の公平ではないでしょうか。

子どもにはどんな状況でも学習する権利があり、大人にはそれを提供する義務と責任があります。コロナ禍で登校できないのなら、方法はオンラインしかない。それを実行しないのは、責任をまっとうしていないということではないでしょうか。

一方で、大学では早々にオンライン講義が始まりましたが、十分な満足感は得られていないようです。

それは、オンラインならではの効果が感じられないからです。イギリスのマンチェスター大学では、2021年9月まですべての講義をオンラインで行うことが決定していますが、デジタルならではのメリットがたくさんあります。講義のアーカイブを復習に使えたり、LMS(Learning Management System)といって成績をグラフ化してリアルタイムに管理できたりします。オンラインの効果を発揮させるこの仕組みは、EdTechだと思います。

イギリスがすぐにオンラインに切り替えられたのは、ずっと前から準備してきたからです。僕らも2009年からEdTechの必要性を唱えていましたが、なかなか動きませんでした。これから頑張らねば、ですね。

教育イノベーションによって社会も働き方も大きく変わる

EdTechのメリットを享受した子どもたちが社会に巣立った時、社会はどう変わるでしょうか。

今の教育は工場労働者を育成するための仕組みで、18世紀にイギリスでできたと言われています。箱(社会の枠組み)があって、そこにアジャストする人を育てることが目的でしたが、これからは自ら箱を作り出すイノベーターを育てる必要がある。それを叶えるのがEdTechです。彼らが社会を変革し、再定義していくことになるでしょう。

現時点で「理想の社会」があるわけではなく、彼らが望む未来を作り出していくのですね。

その通りです。だから、保護者の皆さんや子どもたちはもっと声を上げてほしい。学校や先生の最大のステークホルダーは保護者や子どもたちですから、彼らによって教育の仕組みが変わればいいですね。

イノベーターが増えたら、働き方も今とはガラリと変わりそうですね。

彼らがどういう箱を望み、どういう箱を作り出すか。それを邪魔することなく、パフォーマンスを最大化するには何が必要か、という発想が必要です。テクノロジーがあれば、個別にアセスメントして、それぞれが最大のパフォーマンスを上げられる職種、部署、働き方、働く時間を提示することができるでしょう。

僕の仕事は「教育はこうあるべき」という日本の既成概念と闘うこと。世の中の意識が変わるまでに時間はかかるかもしれませんが、10年かかるところを5年、3年に縮めたい。そのためには、僕だけでなくみんなで考えて、声を上げて、社会運動にしていけたらと思います。

佐藤さんにとって「働く」とは?

「自身の価値」を社会に還元すること。「自身の価値」とは、自分が好きなこと、ワクワクすることを指しますが、僕の場合は「教育改革をするという想い」です。これを日本の教育界に投じたい。冒頭で示した3つのアプローチ、トップダウン、ボトムアップ、イノベーター支援を通じて、教育界に還元したいと思っています。