後藤さん、リスキリングで最も重要なスキルは何ですか?

ハタラキカタログ
18

後藤 宗明

  • 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ
    代表理事
働き方改革が叫ばれるなか、「リスキリング」というワードが注目されています。リスキリングとは、職業スキルを再習得することにより、新しい職に就くこと。自らのキャリアでリスキリングを実践し、その概念と手法を日本に紹介、普及に努めている一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏にお話を伺いました。
  • 取材・文 駒井允佐人
  • 写真 慎 芝賢
  • ※掲載されている情報は取材当時のものです

リスキリングしなければ、企業と個人は共倒れになる

まず初めに、リスキリングとは何か、というところから教えていただけますでしょうか。

リスキリング(Reskilling)とは、ひとことで言うと「職業スキルの再習得」という意味です。デジタル後進国といわれる日本でも、最近ようやくDX(デジタルトランスフォーメーション)※1 戦略という言葉が聞かれるようになりましたが、肝心のデジタル人材をどう育てるかということについては、まだノウハウがない。そこでデジタル人材を育成する手段として、リスキリングが注目されるようになったのです。

企業のデジタル化というと、これまでは外部のITサービス事業者に委託したり、担当部門の人間に任せたりということが多かったかと思います。個人的に「学び直し」をするような意識が高い人も、終業後や週末に一人でコツコツ学ぶしかありませんでした。しかしDX戦略によって事業構造を変革し、新たな顧客価値を創造していくためには、企業が主体となって従業員のリスキリングを進めていかなくてはなりません。

企業や個人がリスキリングをしないと、どうなるのですか?

2014年のニューヨークでの国際会議に出ているときに、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授(当時、准教授)らの「ザ・フューチャー・オブ・エンプロイメント(雇用の未来)」という論文を目にしたんですが、それによるとコンピュータ化が加速し、ロボットやAIが人間の仕事を代替することで、「10~20年後にはアメリカの全雇用の47%が失われる」とありました。これは衝撃的でしたね。

リスキリングという言葉を知ったのはその2年後で、2017年にサンフランシスコで開催された「シンギュラリティユニバーシティ※2 グローバルサミット」では、「“技術的失業”を解決するためにはリスキリングが有効」というアイデアが紹介されました。これは逆に言うと、リスキリングをしなければ、企業はデジタル化の波から取り残され、社員は仕事を機械にとってかわられるということ。つまり「企業と個人は共倒れ」になってしまうということです。

9.11で、僕の人生の潮目が変わった

後藤さんが今年4月に立ち上げた社団法人では、リスキリングの重要性を広く知ってもらい、その進め方を指南されているのですね。後藤さん自身、これまでさまざまな仕事をされ、自らリスキリングを実践してこられたそうですが。

もともとは銀行員で、営業やマーケティング、人事教育研修などを担当していました。毎日の睡眠が3時間という厳しい勤務環境で、5年勤めた後に退行し、英語を学ぶためニューヨークの語学学校に入りました。当時、グローバル化が叫ばれ始めていたのに、銀行入行時、私のTOEICは380点しかなかったんです(笑)。でもこの語学学校でさまざまなタイプの人に出会い、自分の気持ちに初めて向き合えた気がしますね。

帰国後、知人の紹介で人事系ベンチャーのスタートアップに合流し、アメリカでの拠点づくりを任されました。ところが渡米2カ月後に9.11のテロに遭遇し、2機目の飛行機がビルに突っ込むところを目撃してしまったんです。そのときですね、僕の人生の潮目が変わったのは。実はその年の初めに「ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)」という存在を知り、感銘を受けていたんです。社会課題をビジネスで解決するという発想は、会社勤めしか知らない自分には想像すらできないものでした。そのとき抱いた、起業して世の中のために立ちたいという思いが、9.11以降、いっそう強くなったのです。

当時はSDGsの概念もなく、企業は利益追求を優先するのが当たり前でした。

そうですね。その後、アメリカで語学留学生向けの補習ビジネスを立ち上げました。自分の語学の先生をパートナーに始めたのですが、これが好評で、7年続けました。2008年に帰国すると、翌年、「ソーシャル・アントレプレナーシップ」の生みの親で、社会課題を解決することを目的としたスタートアップ企業やNPOを支援する世界的なNPO「Ashoka(アショカ)」の創立者ビル・ドレイトンと出会い、日本拠点の共同創業者の一人として仕事をすることになりました。

3年間、ここで資金調達を担当したのですが、なかなか規模が大きくならないんですね。そのとき学んだのが、社会課題の解決を促し、組織を拡大するためにはテクノロジーが必要だということ。自分はそれまでテクノロジーとは無縁でしたが、一念発起し、テクノロジーの分野へキャリアチェンジすることにしたんです。

そのあたりからご自身のリスキリングが始まるわけですね。

ところが、次に入ったモバイル送金を手掛ける企業は、2年で事業を撤退。そこで40代前半にして、初めて転職活動を始めたんです。しかし100社以上応募し、すべて書類審査で落とされました。この年齢だとやはり管理職を求められるのですが、テクノロジーの分野ではまだ経歴が浅く、アメリカで事業をしたといっても、職種として一貫性がないと言われたのです。このときは、さすがに「自分はダメな人間だ」と思うようになりましたね。

その後、どうにか通信ベンチャーに拾われ、さらに多国籍のコンサルティング企業に移りました。その後、友人の紹介で入ったAIスタートアップ企業「ABEJA(アベジャ)」では、シリコンバレーでの拠点立ち上げというプロジェクトを任され、自分の仕事人生の中でもとても充実した経験をさせていただきました。ところが、そこに新型コロナウイルス感染症が始まり、アメリカ進出事業の途中で昨年3月に同社を“卒業”しました。

波乱万丈と言いますか、いろいろな職場で、さまざまな経験をされてきたんですね。

ただ、コロナの前、2019年の秋にリクルートワークス研究所で働く銀行時代の元同僚にリスキリングの話をしたところ、すごく関心をもっていただきましてね。2020年の年間研究プロジェクトにリスキリングが採択され、私は特任リサーチャーとして参加させていただいたんです。ここで、リスキリングに関する日本初のレポートを発刊することができ、さらに2021年1月、日本経済新聞で初めてリスキリングが紹介されて一気に認知度が上がりました。2021年はまさに日本におけるリスキリング元年と言えます。

中高年社員のリスキリングが大きな課題

日本でのリスキリングは、どのあたりに難しさを感じていますか?

社団法人では、リスキリングの啓蒙活動や、企業向けの会員組織づくり、個社別のコンサルティングなどを行っていますが、企業からの問い合わせの半分以上は、中高年社員のデジタル管理スキームをどうしたらよいか、というものです。リスキリングで最も重要なのは「自分自身をリスキリングするスキル」です。しかしベテラン社員の中には、新たな知識やスキルを習得しなくても昇給、昇格できた人も多く、それがリスキリングを困難にしているという側面もあります。

中高年社員のリスキリングは、1:アンラーニング(既存の意識や価値観を捨てる)、2:アダプタビリティ(トレーニングによって適応力を上げる)、3:シナリオ・プランニング(外部環境の変化を予測するスキルを高める)、4:リスキリング(スキルの再習得)というプロセスを踏むのですが、会社が身につけてほしいスキルと、従業員個人が身につけたいスキルにギャップが生じることがあります。また、会社が社員にスキル習得のための講座を紹介するだけで終わってしまうこともある。そのあたりは改善が必要ですね。ただ、中高年社員が現在持つスキルに、デジタルリテラシーを融合させることで、雇用が守られ、新しいビジネスを開拓できる可能性が広がる、ということは言えると思います。

海外におけるリスキリングは、いまどのような状況なのでしょうか。

海外ではリスキリングを国や企業の責任として進めています。アメリカでは多くの企業が会社名や役職名ではなく、スキルベースの雇用、採用に力を入れるようになっています。リスキリング専門のAIプラットフォームもあり、たとえばオランダの「TestGorilla(テストゴリラ)」は採用候補者のスキルチェックをオンラインで行うことができますし、カナダの「SkyHive(スカイハイブ)」は希望の職種を打ち込むと、現状とのスキルギャップを可視化し、必要なスキルを薦めてくれます。

日本の本格的なリスキリングは、いま始まったばかりということですね。これからのご活躍に期待しております。本日はどうもありがとうございました。

後藤さんにとって「働く」とは?

私は1年の半分以上を海外で過ごし、この10年間で海外の国際会議や展示会に100回以上参加しました。しかし昨年からの新型コロナウイルス感染症の影響で、これらが軒並み中止になってしまいました。ところが一方で、オンラインによるグローバルビジネスがすごく盛んになっているんです。連日のように無料や格安のオンラインカンファレンスが開かれ、自宅からでもアクセスできる気軽さから、オフラインよりむしろ参加者が増えて、次々と商談が決まっているんです。たとえばアバターを活用したメタバース事業を展開するアメリカのプラットフォーム「Virbela(バーベラ)」では、自分の分身がバーチャルの展示会場を歩き、出会った人と会話し、会議もできます。「DeepL(ディープエル)」などの翻訳ツールを使えば、ほぼリアルタイムでコミュニケーションすることも可能です。最初、このデモを体験してすごく面白かったので、日本での事業展開をやりたいと思い、すぐにリンクトイン※3 で先方に連絡し、役員と面接し、守秘義務契約を交わし、業務委託契約を結びました。家から一歩も出ずに、日本での事業を立ち上げることができたのです。このように、これからはリアルとバーチャルの両方を自由に往来できるハイブリッドビジネスが常識になり、働くかたちは大きく変わっていくと思いますね。